
好きなことを仕事にするとは、楽をすることではなく、情熱を持って困難に立ち向かう覚悟を持つことだ。スモールビジネス経営では、好きなことを活かしながらも、顧客のニーズとウォンツに応える視点が不可欠となる。目の前の仕事に真剣に向き合い、工夫を重ねることで仕事は道楽に変わっていく。そしてそれが自分にしかできない価値となり、やがて武器になる。好きなことを経営に昇華させたとき、人生は最も豊かな形で仕事と結びつく。(内田游雲)
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者(特にスモールビジネス)に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトのテーマ「気の経営」とは、この世界の法則や社会の仕組みを理解し、時流を見極めてスモールビジネス経営を考えることである。他にも運をテーマにしたブログ「運の研究-洩天機-」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。世界の動きや変化を先取りする情報を提供する【気の経営(メルマガ編)】も発行中(無料)
スモールビジネス経営には、基本となる8つの視点がある。
(1)経営者の人生の質を最優先する
(2)仕事を道楽化し天職に生きる
(3)強み(USP)に特化する
(4)拡大を志向しない
(5)我を捨てて流れに乗る
(6)顧客と共に成長する
(7)売上増より資産増を目指す
(8)長期目線で人生を経営する
仕事を道楽にするは勘違いされる
この中で、最も誤解されやすいのが「仕事を道楽化し天職に生きる」という部分である。「好きなことを仕事にしよう」と聞くと、多くの人が、楽でストレスのない働き方をイメージしてしまう。まるで、好きなことさえしていれば自然にお金が入ってくるような幻想を抱くのだ。しかし現実はそんなに甘くない。
実際に「好きなこと」を仕事にしている人ほど、裏では地道な努力と試行錯誤を積み重ねている。好きなことであっても、やってみると案外地味で退屈な作業が多い。トラブルもあれば、想定外の問題もある。むしろ、好きなことであればあるほど「完璧にしたい」という欲が出て、苦しむことすらあるのだ。
ではなぜ、それでも「好きなことを仕事にする」ことが語られるのか。それは、困難に直面したとき、乗り越える力になるのが「好き」という感情だからである。好きなことは、努力の継続を可能にし、学びを楽しくし、失敗すら成長に変える。
好きなことを選ぶというのは、困難を回避する道ではない。むしろ、困難を引き受ける覚悟の選択だ。
「道楽」とは、本気で打ち込める対象のことをいう。釣りに夢中な人は朝4時から準備するし、盆栽に命を懸けている人は1本の枝を切るのに3年悩む。誰に頼まれたわけでもなく、報酬もないのにやってしまう。つまり、「仕事を道楽化する」とは、そんな没頭状態をビジネスに変えることなのだ。
ビジネスとして成立させるには、もちろん「好き」だけでは足りない。だが、長く続けていく上で、情熱の燃料として「好き」であることは必要不可欠である。楽をしたいから好きなことを選ぶのではなく、困難を超えていくために「好き」に賭けるのだ。
好きな仕事に情熱を注げる理由
どんなに好きな仕事でも、やっていれば必ず壁にぶつかる。これは例外なく、誰にも訪れる現実だ。思ったよりうまくいかない。理不尽なクレームに心が折れる。やる気が出ない日が続く。準備万端で挑んだのに、空振りに終わる。そんな瞬間が何度もやってくる。それでも、なお続けられるかどうか。ここが「好き」の真価なのだ。
好きなことであれば、悔しさも努力のエネルギーに変わる。やめたくなっても一晩寝ればまたやりたくなるし、試行錯誤すら楽しめる。好きだから「もっと上手くなりたい」「もっと深く知りたい」と自然に思える。つまり、好きなことには「情熱の持続性」が備わっている。これがビジネスを続ける上で何よりも大事な要素になる。
逆に、好きでもないことは、壁にぶつかったときにすぐやめたくなる。報酬があるうちは無理やり続けられても、心はどんどんすり減る。そして最終的には「この仕事、もういいや」となる。だからこそ、長く続けるには「好き」が必要なのだ。楽だからではなく、やめずにいられるからである。

ただし、「好き=楽しいだけ」という考え方は危うい。どんな仕事でも、面倒な雑務や地味な作業がつきまとう。好きな料理の仕事でも、仕入れや掃除、会計処理は避けられない。手芸でも、撮影や梱包、発送作業が延々と続く。絵が好きでも、DM作成やSNS発信がついて回る。楽しいことだけしていたいなら、それは趣味にとどめるべきである。
好きなことを仕事にするとは、「好きなことに関わりながらも、苦手なことにも手を出していく覚悟」である。どんなに情熱があっても、それだけで飯は食えない。スモールビジネス経営では、「売れる仕組み」「続ける体力」「届ける知恵」も同時に必要になる。
つまり、好きなことを武器にするには、経営の視点が欠かせない。「好きだから、ずっとやっていたい」。この気持ちを持ち続けられるなら、それは最高のエネルギーになる。好きなことに人生の時間を注げる人こそ、最終的に仕事を「道楽」に変えられるのだ。
ニーズに応えなければ売れない
「好きなことをやっていれば、いつかは報われる」
これは甘美な言葉だが、現実はそんなに優しくない。好きなことを貫いても、それが人の役に立たなければ、そこにお金は発生しない。お金とは、誰かの「ありがとう」が形になったものであって、自己満足の証明書ではない。スモールビジネス経営においては、この点を誤解してはいけない。
絵が好きだからといって、好きな絵を描いていれば売れるかといえば、そんなに単純ではない。芸術の世界でも「この絵は誰のために描かれているのか」が問われる。仮に「自分の内面を表現しているだけだ」と答えた時点で、それは趣味である。もちろん趣味が悪いわけではない。ただし、それを仕事にしたいなら、受け手の「ニーズとウォンツ」に目を向けなければならない。
「ニーズ」は相手が必要としていること、「ウォンツ」はそれを満たしたいという欲求だ。この二つに応えることができなければ、いかに素晴らしい作品でも売れない。例えば、料理が好きでも「自分が作りたい料理」ばかりでは顧客はついてこない。「誰に、何を、どう届けるか」が問われるのである。
イギリスの美術学校では、芸術と同時にマーケティングを教えるという。これは非常に合理的だ。いくら表現力があっても、それをどう売るかを知らなければ「絵が売れない画家」になってしまう。どの業界でも、同じことが言える。
花が好きな人が花屋を開いても、「自分が好きな花を並べるだけ」では商売にならない。近所の主婦が求めているのは、仏壇用の菊かもしれないのだ。
スモールビジネス経営は、好きなこととニーズの接点を探す作業である。自分が心から情熱を注げるものと、他人が喜んでお金を払いたくなるもの。その交差点に立つことができれば、それは最強のビジネスになる。
好きなことを活かすには、必ずマーケティングが必要になる。これは芸術にも工芸にも、コンサルにも共通する真理だ。マーケティングとは、好きなことを「伝わる価値」に変える技術である。それがなければ、好きなことは誰にも届かず、いつまでも一人遊びに終わってしまう。
目の前に集中することで道が開く
「好きなことを仕事にしたい」と言いながら、今の仕事を雑に扱っている人が意外に多い。いま目の前にあることに心がこもっていない。だけど不思議なもので、人生というのは目の前のことを丁寧にやった人にだけ、次の扉を開いてくれるようにできている。未来は、今の積み重ねの先にしかない。
人はあれこれ考えすぎて、目の前の一つの作業に集中できない生き物だ。とくに経営者は、頭の中で未来を何手も先読みしようとするクセがある。もちろん戦略は大事だが、それ以上に重要なのは「今やるべきことに集中する」ことだ。過去を悔やんでも、未来を心配しても、現実が動くのは「今だけ」である。
「一度に一つ」。これを徹底するだけで仕事の質はぐっと上がる。あれもこれも手を出して散らかるのが、スモールビジネスが失敗しやすい典型パターンだ。一点突破で道を開くには、いま目の前の小さなことに本気を注ぐしかない。たとえば、今日届いたメールにどう返信するか。目の前の客にどう対応するか。その一つ一つに、どれだけの誠実さと集中を込められるか。それがすべてだ。

そして、実はこの「目の前に集中する」という行為こそが、仕事を好きになる最大の近道でもある。最初から「これは自分の天職だ」なんて確信を持っていた人はいない。目の前の仕事にしっかり向き合い、失敗を繰り返し、気がついたら「好きになっていた」というケースの方が多いのだ。
スモールビジネス経営における「道楽」とは、好きなことを探すことではない。いま目の前にあることを、どうやって好きになっていくかという姿勢である。日々の業務に対して「自分だったらどうもっと面白くできるか」と考え、工夫を重ねる。そのプロセス自体が楽しくなっていくとき、仕事は道楽に変わる。
だからまずは、いまの仕事から逃げないこと。そして、やるからには一つずつ丁寧にやること。
派手な改革より、地味な徹底。その積み重ねが、スモールビジネス経営を確かな道に導いてくれる。
好きなことが武器になる時代へ
スモールビジネス経営の目的は、会社を大きくすることではない。経営者自身が、無理なく、誇りを持って、長く続けられる仕事を手に入れることにある。そのためには、やはり「好きなことを仕事にする」という選択肢が極めて有効になる。ただし、それは「楽して生きる」という話ではない。好きだからこそ努力が続き、好きだからこそ深く掘れる。だから武器になるのだ。
好きでやっている人には、どんな天才でも勝てない。毎日自然と考え続けてしまうし、知らぬ間に試行錯誤している。気がつけばそれが習慣となり、知識も技術も人脈もどんどん積み上がっていく。そして、その姿勢に顧客は惹かれる。「この人、本当にこの仕事が好きなんだな」と。そこに信頼と共感が生まれ、やがてファンができる。
これからの時代は、大量生産・大量販売のようなスケール勝負では、小さな会社は太刀打ちできない。むしろ、個人の情熱や専門性、世界観に共感してもらうことで、選ばれる時代になっていく。つまり、「誰にでもできること」ではなく、「あなただから頼みたい」と思われることが価値になる。その価値の源泉が、「好きなこと」である。
しかし、好きなことを武器にするには、忘れてはいけない前提がある。それは「誰かの役に立つ形に変換する」ことだ。自己満足ではなく、他者貢献へ。
マーケティングの力を借りて、好きなことを「売れるもの」「喜ばれるもの」に磨き上げることで、初めてビジネスとして成立する。これは理屈ではなく戦略である。
スモールビジネス経営において、「仕事の道楽化」とは、好きなことを趣味で終わらせるのではなく、プロとして、責任を持って提供し続ける覚悟のことだ。
売上のために好きなことを曲げすぎてもいけないが、好きなことを振りかざして顧客を無視するのも違う。その絶妙なバランスこそが、小さな会社の強みになる。
人生の中で、もっとも長く時間を費やすのが「仕事」である。だからこそ、自分の好きなことにその時間を注げたなら、それは何よりの幸福だ。
そして、その幸福は必ず誰かに伝わる。好きなことが、誰かを笑顔にし、その対価としてお金をいただけるなら、それはまぎれもなく「最高の商売」だろう。
好きなことを仕事にするとは、自分の情熱を磨き続け、それを誰かの役に立つ形で届ける覚悟を持つことだ。道楽と天職が重なったとき、スモールビジネス経営は人生そのものを豊かにしてくれる。