
常連客が離れる本当の理由は、「新規客ばかり優遇され、自分は大事にされていない」と感じる失望にある。クーポンや平等な接客では、得意客の心は動かない。儲かる店は、名前を覚え、小さな気配りで「あなたは特別」と伝えている。スモールビジネスにとって、本当に守るべきは新規客ではなく、何度も来てくれる人との信頼関係だ。商売とは、誰を大切にするかを決めること。得意客を丁寧に迎え直すことが、選ばれる店の条件となる。(内田游雲)
内田游雲(うちだ ゆううん)
ビジネスコンサルタント、経営思想家、占術家。静岡県静岡市に生まれる。中小企業経営者(特にスモールビジネス)に向けてのコンサルティングやコーチングを専門に行っている。30年以上の会社経営と占術研究による経験に裏打ちされた実践的指導には定評がある。本サイトのテーマ「気の経営」とは、この世界の法則や社会の仕組みを理解し、時流を見極めてスモールビジネス経営を考えることである。他にも運をテーマにしたブログ「運の研究-洩天機-」を運営している。座右の銘は 、「木鶏」「千思万考」。世界の動きや変化を先取りする情報を提供する【気の経営(メルマガ編)】も発行中(無料)
常連客が離れる最大の理由は、「いつも来てくれる人ほど軽く扱われている」と感じる“リピーター軽視”の接客にある。
なぜ常連客は静かに離れるのか
『音もなく離れていくお客の背中は接客の“隙”を見ている』
「常連客が来なくなった」と感じたときには、すでに遅い。多くの小さな店は、それに気づかないまま日々を過ごしている。常連は文句を言わない。アンケートにも書かない。怒ることもない。ただ静かに、二度と現れない。
それが“音のしない離反”である。
そもそもリピーターというのは、「この店を選び続けてきた人」である。顔なじみの店員がいて、注文しなくても好みが伝わっていて、「今日も変わらず迎えてくれるだろう」という期待がある。だから通う。ところが、である。
何年通っても名前を呼ばれない。顔も覚えられていない。さらには「いらっしゃいませ」すら通り一遍。これでは、初めて来た客と変わらない。ただの“その他大勢”の一人にされるのだ。
お客というのは、不思議な生き物だ。モノの品質や値段以上に、「自分は特別に扱われているか」を感じ取る。
たった一言、「今日は遅めのご来店ですね」と言われただけで、心がほどける。逆に、それがないと「また来よう」とは思えない。それが人間だ。
商売人の多くが、「お客様は平等に扱うべき」と信じている。社員教育でもそう教える。けれど、平等というのは、決して“同じ”にすることではない。それぞれの関係性に合わせて対応するのが、ほんとうの「大切にする」だ。
リピーター軽視の怖いところは、直接的なダメージがすぐに出ないことだ。だから見落とされる。でも気づかぬうちに、店の柱が抜けていく。売上の数字に反映されたときにはもう遅い。
「何も変えていないのに、最近お客が減った」
それは、何かを“しなかったこと”が原因なのだ。
新規客より常連客のほうがシビアに見ている。だからこそ、彼らが去る理由を“こちら側の都合”で見過ごしてはならない。
得意客を優遇する店が儲かる
『お金を落とすのは、“初めての人”ではなく“何度も来る人”』
売上の7割を支えているのは得意客なのに、多くの店は新規客ばかりを優遇し、クーポン戦略で自らの利益を削っている。
「新規のお客様限定で、初回1000円引き」
ありがちなクーポン戦略だが、実はこれが、店の信頼をじわじわと蝕んでいく。クーポンに反応するのは、値段に敏感な“お試し客”であり、リピーターにはなりにくい。それどころか、得意客からすれば「初めて来た人が安くて、自分は高いままか」と、不満の火種になる。
常連や得意客は、店にとって最も価値のある存在だ。何度も足を運んでくれ、注文の手間も少なく、周囲に評判を広げてくれる。いわば、広告費ゼロで売上を支えてくれる“営業マン”でもある。
ところが、その得意客を平然とスルーして、割引目当ての一見客にばかり手厚くする店が後を絶たない。理由は簡単で、数字として「新規○名」という成果が見えるからだ。

だが、本当に儲かるのは“続けて来てくれる人”へのサービスだ。リピーターを大切にする店は、無理な集客に走らず、利益率が安定する。常連に感謝を示せば、自然と「この店、いいよ」と紹介も生まれる。逆に、新規客ばかりに構うと、口コミは広がらず、広告費だけが膨らんでいく。
優遇といっても、大げさな特典は必要ない。
「今日はいつものにしますか?」
「いつもありがとうございます」
そんな小さな一言の積み重ねが、“この店は自分のためにある”という感覚を育てていく。常連にとって、値引きよりも、そうした“気づき”や“歓迎の温度”の方が、はるかに価値があるのだ。
クーポンで呼べるのは、値段で動く人だけ。だが、心でつながった得意客は、値段に関係なく、信頼にお金を払ってくれる。
そういうお客を増やすことが、結果として商売を繁盛させる。
平等な接客が不満を生む理由
『「みんなに平等」は、常連にとって一番冷たい仕打ちになる』
“全てのお客様に同じサービス”という平等主義こそが、常連客の不満と離反を招く根本原因となっている。
「当店では、すべてのお客様に平等なサービスを心がけております」
この一文、接客マニュアルにはよく出てくるが、現場では“理想”として語られているだけで、本当の意味で機能していない。なぜなら、平等とは“同じように扱うこと”ではなく、“それぞれに合った扱いをすること”だからだ。
常連客にとっての満足とは、「他の客と同じサービスを受けること」ではない。何度も通ったことに対する“認識”と“感謝”を感じられること。たとえば、会計時に「いつもありがとうございます」と一言添えられるだけで、心は満たされる。それがなければ、「自分はただの1人」と感じ、静かに離れていく。
人は、常に“特別扱い”を求めている。それは見栄でもわがままでもなく、自然な感情だ。逆に言えば、特別感を与えられないと、人は関係を保ち続ける理由を見失う。
「私が何度も来ているのは、意味があるのだろうか?」
そう思わせた時点で、信頼の糸はプツンと切れる。
実際、「平等」を盾に接客する店ほど、無意識に“誰にも深く関わらない”サービスをしている。ミスはないが、記憶にも残らない。これは、見た目は丁寧でも、実はとても無責任な接客なのだ。
だからこそ、常連には常連としての“文脈”が必要になる。初めての人には「ようこそ」を、2度目の人には「戻ってきてくれてありがとう」を。そして、常連客には「今日も会えてうれしい」と伝える。接客とは“人の物語に寄り添う仕事”でもある。
「特別に扱わないことで、逆に不満をつくってしまう」――これは、経営者として見逃してはならない心理の落とし穴だ。
平等よりも関係性。これを理解することで、顧客との絆は格段に深まっていく。
常連客を特別扱いする工夫
『「覚えてくれてる」その一言が、次の来店を約束する』
顧客優遇戦略とは、名前を呼び、言葉をかけ、常連客を“他のお客様とは違う特別な存在”として扱うことに尽きる。
「名前を呼ばれた瞬間、なんだかうれしくなる」
これは、どんな年齢層でも共通する人間心理だ。常連客にとって、通い慣れた店は“日常の居場所”であり、無言の信頼関係が前提にある。だからこそ、その空気を壊さない“ささやかな特別扱い”がものを言う。
特別扱いといっても、何かを“多く与える”必要はない。割引やプレゼントを用意する前にやるべきことがある。それは、相手の存在をちゃんと“知っている”というサインを出すこと。
「今日はいつもより遅めですね」
「最近○○頼まれてませんね」
こうした一言が、お客に“気づかれている喜び”を与える。これは、ただのサービスではなく“関係性の表現”であり、記憶に残る体験となる。

もちろん、新規客を歓迎するのは大切だが、常連を「いて当たり前」に扱ってはいけない。店側が無自覚なうちに、“空気のような存在”にしてしまっていることがある。それでは、来店のたびに心が冷えていく。
たとえば、コーヒーショップで「いつものブレンドでよろしいですか?」と言われたらどうだろう。注文が楽になるという以上に、「覚えていてくれた」ことがうれしい。これが、また来たいという気持ちを生む。それは、もはやサービスではなく“信頼の交換”だ。
顧客優遇とは、差別化ではなく“親しみの演出”だ。誰にでも同じことをするのではなく、その人との関係性を表現すること。接客とは演技でもマニュアルでもなく、「あなたを大切にしています」というメッセージの積み重ねである。
派手な仕掛けはいらない。けれど、覚えてくれているだけで、次の来店は約束されたも同然なのだ。
誰を大切にするかが経営軸
『“選ばれる店”は、先に“誰を選ぶか”を決めている』
経営とは、「得意客を大切にするか、それとも誰にでも合わせるか」という選択の積み重ねであり、売上と信頼の差を生む分岐点になる。
すべてのお客様を大切に・・・。それはきれいごととしては正しい。だが、現実の商売では“誰を優先して大切にするか”を決めなければ、経営はぶれる。特にスモールビジネスでは、得意客やファン客といった“支えてくれている人たち”に軸足を置くことが、生き残るための必須条件になる。
「誰でも歓迎」は一見寛容だが、裏を返せば“誰とも深く関われない”ということでもある。新規客を追い続け、顔の見えない「集客数」を追いかけた先に待っているのは、薄い信頼と短命の売上だ。
一方、得意客との関係性には“濃さ”がある。名前を知っていて、好みを覚えていて、ちょっとした変化にも気づけるような関係。これは広告や仕組みでは作れない、時間と接触の積み重ねによって育まれる。だからこそ、大切にするべきなのだ。
商売は、信頼を積み上げていく仕事である。売上はその副産物にすぎない。得意客を優遇するということは、“売上を守る”というより、“関係を守る”という感覚に近い。それが結果的に、長く繁盛する店をつくる。
「うちは誰でも平等に接します」ではなく、「うちは、うちを支えてくれる人を優先します」と言い切れるかどうか。そこに、経営の姿勢がにじみ出る。
選ばれる店には、選んでいる側の意志がある。「どんなお客様と一緒に商売をしたいのか」「誰の幸せのために働きたいのか」を決めておく。これが、ブレない経営軸となる。
得意客を大切にすることは、売上アップのテクニックではない。経営者として、誰と人生を共に歩むのかを定める“生き方の選択”なのだ。
常連客を大切にするとは、ただ売上を維持するための手段ではない。何度も足を運んでくれる人に対して、ちゃんと気づき、ちゃんと感謝を伝え、「あなたは特別です」と行動で示すこと。それは商売という枠を超えた、信頼関係の営みであり、小さな店にしかできない最大の価値だ。新しい人を追いかける前に、すでにそこにいる人を丁寧に迎え直す。その姿勢こそが、長く選ばれ続ける商売をつくっていく。